叢書 | 初版 |
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出版社 | 集英社 |
発行日 | 1981/09/25 |
装幀 | 辰巳四郎 |
収録作品
- あやかし
- 辛うござる
- 吉原螢珠天神
吉原螢珠天神の収録作品とストーリー
本書の特徴は、実在の歴史的人物や事件と、作者独自の想像力を掻き立てるファンタジー的な要素を、見事に融合させている点にあります。 単に史実を並べ立てるだけの平板な作風とは一線を画しており、氏ならではの妙味と味わい深さを感じさせる作品となっています。
「あやかし」
徳川家康が隅田川開削の際に遭遇したとされる怪異"あやかし"を題材にした作品です。
物語の舞台は江戸時代初期の江戸です。三河から江戸に移ってきたばかりの徳川家康は、早速隅田川の開削工事を命じます。しかし、隅田川には"あやかし"と呼ばれる怪異が出るという噂があり、物見役として風間吉兵衛が、そして案内役として深川八郎右衛門の二人が任命されます。
二人は本当にあやかしが出るのか、川を探検することになります。そして実際に怪異と遭遇し、あやかし退治に挑むことになるのですが、そのやりとりがユーモア溢れる描写で描かれています。緊迫感があるはずの"あやかし退治"の場面も呑気な雰囲気が生まれ、読者は肩の力を抜いて物語を楽しめます。
しかし同時に、シリアスな場面描写も見逃せません。徳川家康の権力闘争の裏側に潜む陰謀、身分差に起因する人間模様の儚さなど、時代小説ならではの味わい深い描写が随所にちりばめられています。
ユーモアとシリアスの絶妙なバランスが見事に取れた作品と言え、山田文学の醍醐味が堪能できる一編となっています。
「辛うござる」
一方の「辛うござる」は、徳川幕府に仕えた剣士が、朝鮮出兵から無事帰還した後、異常な行動に走るようになる様子を描いた人間ドラマ作品です。
主人公は、藩で最強クラスの剣士とされる望月正十郎です。朝鮮出兵に従軍し、無事帰国を果たしますが、しだいにおかしな行動をとるようになっていきます。剣術の練習にも行かなくなり、ただただ大根を買い求めては塩漬けにしているばかり。
実は正十郎、朝鮮で味わったキムチの味に心を奪われ、それ以外の生きがいを失ってしまったのです。自らの志と家族の幸せを賭して、キムチの発祥の地・朝鮮を目指そうと決意するに至ります。
剣を捨て、キムチの普及に人生を賭けるという正十郎の行動に、当時の価値観とのギャップを感じずにはいられません。しかし同時に、その姿勢の真剣さと、時代の壁に阻まれた哀しみにも心を打たれます。
作者はこの一見滑稽なストーリーを通して、人間の矜持と人生の本質的な部分に光を当てています。時代や身分を超えた人間の自由な生き方を問うた、味わい深い作品と言えるでしょう。
伝奇・ファンタジー的な要素はまったくありませんが、むしろそれだけに作品の主題がクリアに浮かび上がってきて、読者の心を強く捉えるに違いありません。
「吉原蛍珠天神」
物語の主人公は、元お庭番で現在は殺し屋となった宇之です。彼は井伊直弼の暗殺を依頼されますが、井伊公の側近である凄腕剣士の"黒衣衆"に守られているため、なかなか仕事を成し遂げられません。
そこで宇之は黒衣衆の動きを探ると、彼らが不思議な玉の指示に従って行動していることを知ります。この玉には、亡くなった徳川家康の霊が宿っているとされていました。宇之は玉の正体を追うことになり、物語は驚くべき結末を迎えます。
本作の大きな魅力は、歴史的事実と作者独自の想像力を掻き立てるファンタジー要素が見事に融合している点です。井伊直弼や黒衣衆のメンバーなど、実在の有名人たちが登場しますが、同時に徳川家康の霊が宿った不思議な玉というファンタジー的設定もうまく取り入れられています。
この作り方は斬新で、読者をいつの間にか作品世界に引き込んでいきます。しかも筋書きが緻密に構築されているため、オチまでの読了時に何の矛盾も感じさせません。終盤での急展開とオチの見事さも本作の大きな魅力です。
文庫・再刊情報
叢書 | 集英社文庫→「吉原螢珠天神」に改題 |
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出版社 | 集英社 |
発行日 | 1984/11/25 |
装幀 | 味戸ケイコ |