叢書 | 初版 |
---|---|
出版社 | 集英社 |
発行日 | 1981/04/25 |
装幀 | 沢田重隆 |
収録作品
- 恋のメッセンジャー
- 地球軍独立戦闘隊
- 眠れる美女(スリーピング・ビューティー)
- 西部戦線
- かまどの火
- 霧の国
SFの魅力が詰まった珠玉の短編集
『恋のメッセンジャー』は、SFを基盤としながらも人間の感情、特に「愛」と「戦い」のテーマに焦点を当てた短編集です。SFというジャンルの枠にとどまらず、時に哲学的であり、時に純粋なロマンスであり、そして時に歴史を再解釈するようなストーリー展開が特徴です。この作品は、戦場や宇宙の広がりを舞台にしながらも、人間の内面的な葛藤や成長が深く描かれています。
各短編がそれぞれ独立していながらも、共通のテーマとして「愛」「戦い」「人間の内面」が描かれ、読者に深い余韻を残す内容となっています。
なお、各短編の収録順は書名のタイトルに合わせて、順番が入れ替わっています。今回は文庫版「地球軍独立戦闘隊」に合わせています。
『地球軍独立戦闘隊』
この短編は、南太平洋の孤島を舞台に第二次世界大戦の終わりが近づく時期を描いています。パイロットたちが目撃した未確認飛行物体「炎の戦闘機(フーファイター)」と、それに絡む神秘的な存在「かぐや姫」の物語です。
昭和19年末、戦闘機パイロットたちは南太平洋の孤島で謎の「炎の戦闘機」に遭遇します。彼らは戦争の狂気に巻き込まれながら、奇妙な歌を歌う謎の女性「かぐや姫」と出会います。かぐや姫は、敵味方の区別なくパイロットたちを惹きつけ、彼らの心の中に平穏をもたらします。しかし、彼女の存在が戦争の行方をどう左右するのか、物語は急転直下の展開を迎えます。
この作品は、戦争の残酷さとそれに巻き込まれた人々の精神的な逃避や幻想を描いています。「かぐや姫」という幻想的な存在が、戦争という現実とどのように絡み合い、物語に影響を与えていくかが読者を魅了します。ラストに向けての急展開と、主人公たちが選択する結末は、山田正紀ならではの驚きを伴います。
『恋のメッセンジャー』
この短編は、青いバラが象徴する「失われた恋」をテーマにしています。
主人公である“ぼく”は、逃げた恋人を追いかけて御嶽島へと渡ります。そこには、青いバラを育てる医師・森田がいました。森田は長年の研究の末に青いバラを作り出しましたが、そのバラにはある重大な秘密が隠されていました。恋人と再び向き合うことを決意した“ぼく”は、森田の口から語られる秘密に直面し、やがて恋人との関係にも新たな結末が訪れます。
青いバラという不可能を象徴する花を通じて1、愛の不確かさや失われたものへの執着がテーマとして描かれています。物語は純粋なラブストーリーでありながら、科学の領域に踏み込むことで、人間の感情の複雑さや脆さを浮き彫りにしています。オチが予想できるかもしれないという点が示唆されているものの、感情的な展開が緻密に描かれ、読後に深い感慨を残します。
『眠れる美女(スリーピング・ビューティー)』
この短編は、事故に遭遇した宇宙船のクルーが、冷凍睡眠から覚めない操縦士を救おうと奮闘する物語です。
事故により航行不能になった宇宙船〈幼形成熟号〉。冷凍睡眠中の操縦士ターリアが目覚めようとしません。残されたクルーたちは、ターリアを目覚めさせるために船内の制御セクションへ向かいますが、次々と不測の事態に巻き込まれていきます。彼らが辿り着いた真実とは……?
この作品は、童話『眠れる森の美女』のモチーフを宇宙の舞台に移し替えたSF作品です。ただし、単純なリメイクではなく、科学的な設定や心理的な描写が緻密に組み込まれています。ターリアが眠り続ける理由が明かされる瞬間、物語は一気に緊張感を増し、最後には読者に強烈なインパクトを与えます。
『西部戦線』
この短編は、恐竜絶滅と兵士の戦いを二重写しにした、独創的なストーリーです。
休暇を終えて戦場に戻る兵士は、心の中で「花に生まれたかった」と願います。彼の心情と共に、物語は7000万年前の草食恐竜たちの戦いへと飛びます。草食恐竜たちが次々と謎の死を遂げていく中、何者かがその謎に迫ります。
この作品は、レマルクの『西部戦線異状なし』を下敷きにしながら、恐竜絶滅をテーマにしており、戦争という悲劇と、地球規模での生命の終焉が重ねられています。恐竜絶滅の謎と兵士の戦いという二つの軸が交錯することで、皮肉なメッセージが鮮やかに浮かび上がります。
『かまどの火』
この短編は、仏教の宇宙観を基盤とした異色のSF作品です。
砂漠を渡り、菩提山の毘盧舎那如来のもとへと巡礼に向かう者たち。しかし、誰も帰ってこない。外から来た“ぼく”は、巡礼者・鳴沙や僧侶・末那と共に菩提山を目指しますが、その旅路で仏教の世界観に基づく謎に挑みます。
仏教用語を巧みに使い、宇宙と人間の解脱をテーマに描いたこの作品は、他のSFとは一線を画しています。深遠なテーマに対する大胆な解釈と、登場人物たちの心の葛藤が読者に深い印象を与えます。
『霧の国』
この短編では、19世紀末のロンドンで切り裂きジャックを追う探偵の物語が描かれています。
ロンドンの闇に潜む連続殺人鬼「切り裂きジャック」。探偵“わたし”は、怪しい医師アーサーを追い、その正体に迫りますが、そこで明らかになるのは……?
切り裂きジャックという題材は多くの作品で扱われていますが、本作はSFの視点から新たなアプローチを試みています。サスペンスとミステリーが融合し、予想外の展開と仕掛けが見事に組み合わさっています。
おわりに
山田正紀の『恋のメッセンジャー(地球軍独立戦闘隊)』は、SFの枠に留まらず、人間の深層心理や哲学的なテーマにも果敢に挑む一冊です。各短編が異なるテーマを持ちながらも、読者の心に残る鮮烈なエピソードを提供します。戦争、愛、そして宇宙に関する物語が交錯するこの短編集は、山田正紀ファンだけでなく、SF愛好家にもぜひ読んでいただきたい作品です。
文庫・再刊情報
叢書 | 集英社文庫→「地球軍独立戦闘隊」に改題 |
---|---|
出版社 | 集英社 |
発行日 | 1982/08/25 |
装幀 | 魔夜峰央 |
Footnotes
- 現実では、2009年世界初の青いバラとして「SUNTORY blue rose Applause」として販売が開始されたようです。花言葉は 「夢 かなう」 です ↩