弥勒戦争

弥勒戦争

滅びゆく運命との戦い—独覚一族の最後の抗い

弥勒戦争初版書影

叢書 日本SFノヴェルズ
出版社 早川書房
発行日 1975/09/30
装幀 武部本一郎

ストーリーの概要

物語の中心となるのは、"独覚一族"と呼ばれる一族です。彼らは災いをもたらす超常能力を持っているため、自らの滅びを運命づけられています。しかし、第二次世界大戦終結後の混乱期に、正体不明の強大な独覚者"弥勒"が現れます。弥勒は、GHQを操ってアメリカと対立を助長し、朝鮮戦争の引き金を引き、さらには第三次世界大戦すら望んでいました。

主人公の結城弦をはじめとする最後の独覚一族は、掟に従い、悪しき存在となった弥勒を阻止しようとしますが、弥勒の能力は並々ならぬものでした。やがて、弥勒の正体や、なぜ滅びを受け入れなければならないのかといった、独覚一族の設定の核心が明かされていきます。

独創的な設定の数々

本作品の見所は、仏教の思想から着想を得た、斬新かつ緻密な設定の数々にあります。まず、"独覚"とは何かを説明しましょう。仏教では、自力で悟りを開いた者を"独覚"と呼びます。この小説に登場する独覚とは、超常的な力を持つ者を指しています。しかし、その能力は災いをもたらすものであり、独覚は自らの滅びを受け入れなければならない、というのが掟となっています。

さらに、弥勒(みろく)という言葉も、仏教の用語を借用しています。弥勒は、仏陀の予言の中で、56億7千万年後に出現して衆生を救うとされる仏陀です。この小説の弥勒は、確かにその名に過ぎませんが、人類を滅ぼそうとする強大な独覚で、善なる仏陀の化身からはほど遠い存在なのです。

このように、作者の山田正紀は、仏教の教えや言葉を土台としながら、独自の解釈を加え、そこから物語世界を紡ぎ出しています。仏教のイメージから連想されるような穏やかな世界観ではなく、むしろそこには終末論的な緊迫感が漂っています。

濃密な人間模様と哲学的背景

物語の肉付けも見事です。第二次世界大戦後の混乱期を描くことで、弥勒の策謀と独覚一族の行動に迫力が生まれています。占領政策下のGHQの動きや朝鮮戦争の勃発など、歴史的事実を絡めることで、より現実味を帯びた緊迫した雰囲気が醸し出されています。

そして、何より作品全体を貫いているのが、"滅び"や "人類の運命"といった、深遠かつ重い主題です。なぜ独覚一族は滅びを受け入れねばならないのか。弥勒の目的と正体は何か。読者は、スリリングなアクション描写だけでなく、そうした哲学的な問いかけに次々と突き当たります。

結論

結果的に、「弥勒戦争」は、仏教の思想をベースにしつつ、SF的設定と緊迫したストーリー展開、さらに人間くさい人物描写とで物語世界を彩っていく、密度の高い作品に仕上がっています。スケールの大きな超常現象と人間の内面の機微が絡み合い、読者に強い印象を残すことでしょう。文学作品としても完成度が高く、独創性に富んだエンターテイメント作品として、確かな価値があると言えるでしょう。

用語解説のようなもの

仏陀と調達

仏陀- 仏陀(Buddha) は、仏教において「悟りの最高位を開いた人」を指します。この言葉は、悟りを得た者や真理に目覚めた人を意味し、釈迦(Shakyamuni)とも呼ばれます。釈迦は仏教の開祖であり、彼の教えは約2500年前に説かれました12。

仏陀は、サンスクリット語の「知る」「目覚める」を意味する動詞「ブドゥ(budh)」の過去分詞形で、「目覚めた者」や「真理、本質、実相を悟った人」と訳されます。この呼称は、インドでは仏教の成立以前から使われていました。釈迦が説いた原始仏教では、仏陀は「目覚めた人」を指す普通名詞であり、釈迦だけを指す固有名詞ではありませんでした。しかし、釈迦の死後、初期仏教では、仏教を開いた釈迦ただ一人が仏陀とされるようになりました。現在の仏教では、釈迦以外の仏陀は現れていないとされています。

仏陀は、悟りを得た人物を指す言葉であり、仏教の中で非常に重要な存在です。彼の教えは、人々の苦しみを減らし、真理を求める道を示しています。

調達-提婆達多(だいばだった、梵語: Devadatta、略称: 提婆、音写: 調達、訳: 天授)は、釈迦仏の弟子で、後に違背したとされる人物です。

彼は厳格な生活規則を定め、釈迦仏の仏教から分離したデーヴァダッタ派を創設しました。この派閥は後世にまで存続しました。

提婆達多の名前は、ヤジュニャダッタのようにインドでごくありふれた名前でした。彼は釈迦の弟子の一人で、釈迦の従兄弟に当たると言われています。彼の親族や身辺については複数の説がありますが、一般的には多聞第一で有名な阿難(アーナンダ)の兄弟とされています。

提婆達多は、釈迦仏の教えに違反し、厳しい生活規則を提案しました。彼は釈迦に「五事の戒律」を提案しましたが、受け入れられなかったため、新しい教団を創設しました。

提婆達多は後に逆罪を犯し、地獄に堕ちたとされています。彼の物語は、仏教の教義や倫理において興味深いものとなっています

・裏小乗-仏教の宗派の一つで、密教の修行法を指します。

・独覚ー仏教において、自己覚醒した者を指します。

実在の人物たちと作品の背景

・光クラブ事件(ひかりクラブじけん)は、1948年に東京大学の学生によって設立された闇金融会社「光クラブ」が法律違反として警察に検挙された事件です

・山崎晃嗣ー東大法学部に在籍し、学生社長として光クラブを設立しました。彼は偏執狂的なスケジュール管理を行い、ビジネスや愛人関係にも独特のアプローチを取りました。

・GHQおよびマッカーサーーGHQ(連合国軍総司令部)は、第二次世界大戦後の日本を占領し、改革を推進しました。マッカーサーはGHQの最高司令官であり、日本の民主化や経済改革に大きな影響を与えました。

・朝鮮戦争-1950年から1953年にかけて朝鮮半島で行われた戦争で、南北朝鮮間での対立が激化しました。

文庫・再刊情報

弥勒戦争初版書影

叢書 ハヤカワ文庫
出版社 早川書房
発行日 1976/12/15
装幀 武部本一郎

弥勒戦争文庫書影

叢書 角川文庫
出版社 角川書店
発行日 1978/01/30
装幀 福田隆義

弥勒戦争文庫書影

叢書 ハヤカワ文庫
出版社 早川書房
発行日 1986/07/31
装幀 佐藤道明

弥勒戦争文庫書影

叢書 ハヤカワ文庫
出版社 早川書房
発行日 1991/03/31
装幀 宇野亜喜良

弥勒戦争文庫書影

叢書 ハルキ文庫
出版社 角川春樹事務所
発行日 1998/09/18
装幀 三浦 均、芦澤泰偉

弥勒戦争文庫書影

叢書 ハルキ文庫
出版社 角川春樹事務所
発行日 2015/05/18
装幀 るりあ046、五十嵐徹(芦澤泰偉事務所)