2025年5月30日

開城賭博 初版書影

叢書 初版
出版社 光文社
発行日 2021/09/30
装幀・写真 池田学|興亡史|2006(高橋龍太郎コレクション)、宮島径

収録作品

  • 開城賭博
  • ミコライ事件
  • 防諜専門家
  • 恋と、うどんの、本能寺
  • 独立馬喰隊、西へ
  • 咸臨丸ベッド・ディテクティブ

歴史の奔流に奇想の楔を打つ! 山田正紀『開城賭博』の眩暈く万華鏡的世界

山田正紀氏の最新短編集『開城賭博』は、歴史のうねりの中に大胆な「もしも」を仕掛け、読者を幻惑する珠玉の作品集です。氏のデビュー50周年を目前にして(刊行時)なお、その筆致は瑞々しく、歴史の片隅に埋もれたエピソードや人物の息吹を、鮮烈なイマジネーションで現代に蘇らせます。本記事では、この奇想と浪漫に満ちた短編集の魅力に迫ります。


「開城賭博」──江戸城無血開城の舞台裏はチンチロリン?

勝海舟の葬儀を取材する新聞記者が、葬儀列席者の一人から聞かされた“裏話”を軸に展開する幕末異聞。なんと、無血開城を左右したのは――賽子(サイコロ)だった!?

定番の史実を“人間くさく”、しかもギャンブルという大胆な切り口で再構築した本作。チンチロリンで江戸の未来が決まるという設定は荒唐無稽のようで、実は人間関係の駆け引きの象徴でもあるんですよね。

※参考:主水血笑録

西郷隆盛が単独で決定を下すわけがない、という冷静な指摘を逆手に取った展開。賭け事の背後にあるのは“覚悟”や“信頼”であり、だからこそ最後に残るのは、どこか清々しい読後感なのです。


「ミコライ事件」──張作霖事件の影で進む極秘ミッション

舞台は満州、命じられるのは列車爆破。そして依頼主は、あのI・K中佐(明言されてないけどたぶん…)。歴史の暗部をモチーフにしたスパイものですが、どこか艶っぽさも漂う奇妙な作戦が進行します。

仕掛けるのは、「亡命ロシア貴族ミコライ」をでっち上げてT将軍に接近させるというもの。任務、偽装、不在証明、心理戦と、これぞ本格的な諜報ミステリ

※参考:TAIPEIMONOCHROME

最後のどんでん返しは、見事に騙されました。


「防諜専門家」──武蔵建造中、盗まれた金庫の行方は?

戦艦武蔵が建造されている長崎で、防諜調査を行う二人の男。その矢先に起きたのが、金庫盗難事件。しかも中身はゼロ戦エンジンの設計図という機密中の機密。

この物語の凄みは、冷静沈着な調査過程というよりも、一人の女=エリスとの“交わらない関係” にあります。国や組織を超えて交錯する、視線と記憶。これはサスペンスではなく、限りなく叙情的な物語です。

※参考:主水血笑録

淡い情愛と冷酷な現実の交差点が、読者の胸を締めつける一編。


「恋と、うどんの、本能寺」──うどんで分かれる家族と歴史

「饂飩本能寺始末」なる書物の内容をめぐって、離婚の危機にある両親。その謎をゼミ生と准教授が追う、というユニークすぎる導入。

三河うどんか讃岐うどんか――つまり、光秀は何を食べたのか?

…いやもう、話の重心どこ?というツッコミ待ちの展開なんですが、そこが最高なんです。うどんをめぐって繰り広げられる“食”と“歴史”と“愛”の三角関係は、まさに「うどん版ロミジュリ」。

※参考:TAIPEIMONOCHROME

軽妙なタッチの裏に、しっかりと山田的主題「小さな抵抗の肯定」が潜んでいます。


「独立馬喰隊、西へ」──御嶽山から江戸へ、疾走する神木運搬作戦!

ほぼ中編のボリューム。武田騎馬隊の残党の少年たちが、ご神木を輸送するという一種の“ロードムービー”調作品。

御嶽山から江戸までの街道を疾走する中、少年盗賊団「花桜」との戦い、父祖の記憶、そして“生きる道”をめぐる選択が描かれます。

この疾走感と熱量は、たとえるならば 『鬼滅の刃 無限列車編』の戦国版!(という指摘も東えりか氏のレビューで)

※参考:tree|東えりか評

今の時代に響く“生きる意味”が、この作品には詰まっています。


「咸臨丸ベッド・ディテクティブ」──怪談を推理で斬る、勝海舟!

船酔いで死んだようになっていた勝海舟を、ジョン万次郎が元気づけようと怪談を語る。ところがそれを、勝が船室ベッドから“寝ながら解決”するという異色の推理譚。

江戸の密室ミステリ?それとも怪談再構成文学?いや、これはベッド上のホームズ vs. 幽霊譚でしょう。

どの怪談にも真相が用意されていて、短編ながら読み応えあり。ラストを飾るにふさわしい、ほんのりコミカルかつ爽快な締めです。


まとめと個人的所感

『開城賭博』の真価は、“歴史の表と裏”を鮮やかに往還しながら、虚構と現実の境界に揺れる“語り”そのものにあります。事件の真相や歴史の裏側を、登場人物たちがときに饒舌に、しかし最後まで信じきれない形で語り合う。読者は、その「語りの罠」にはまり込みながらも、気付けば“もしも”の日本史の旅を存分に楽しんでいるはずです。

一見奇抜で自由な構成に見えて、どの物語も“歴史の虚実”という一貫した主題に貫かれており、山田正紀という作家の本領がここにあると強く感じます。とりわけ、表題作の駆け引きや、戦国の疾走劇、近現代の防諜もの、日常に潜む家族ドラマなど、ジャンルもトーンも多彩。それでも、通底する“歴史のなかの人間”への優しいまなざしは、どの短編にも共通しています。

個人的にも、本書は「歴史小説」好きだけでなく、ミステリやアクション、幻想文学が好きな方にも強く薦めたい一冊です。読み終えた後、ふと「歴史の真実とは何だろう?」と考えさせられる、奥行きの深い短編集です。


❓よくある質問(FAQ)

Q. 歴史に詳しくないと楽しめませんか?
A. いいえ、まったく問題ありません!むしろ「なんとなく知ってる」レベルの方が、物語のギャップに驚けます。

Q. どの話から読めばいい?
A. 表題作「開城賭博」か、「恋と、うどんの、本能寺」がおすすめです。軽やかに入りつつ、山田正紀の世界にどっぷり浸れます。

Q. 他に似た作品ってある?
A. 山田作品なら『風の七人』『崑崙遊撃隊』が雰囲気近いです。時代とミッションの融合感が抜群です。


🏁読後に寄せて

山田正紀の小説が特異で鮮烈なのは、「あってもおかしくない」ことを、笑いながら信じ込ませてくる力にあります。『開城賭博』は、その代表作の一つ。

「歴史は変えられない。でも、読み方は変えられる」

そう思わせてくれる一冊でした。


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