叢書 | MASAKI YAMADA MYSTERY |
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出版社 | 徳間書店 |
発行日 | 1988/02/29 |
装幀 | 毛利 彰、熊谷博人 |
収録作品
- 人喰い船
- 人喰いバス
- 人喰い谷
- 人喰い倉
- 人喰い雪まつり
- 人喰い博覧会
作品の全体観
「人喰いの時代」は、山田正紀の本格ミステリ作品の原点であり、後の代表作「ミステリ・オペラ」に通じるテーマの先駆けとなった傑作です。
作品は、昭和初期の北海道O-市を舞台に、探偵・呪師霊太郎と青年秀助を主役とする6編の連作短編から構成されています。この作品集が描くのは、一見平穏な日常の裏側に潜む、人間の醜い欲望や恐ろしい罪の世界です。事件の謎を解き明かしていく過程で、時代の影に隠れた"人喰い"の実態が次第に浮かび上がってきます。
連作の構成手法が際立っている点も、本作の大きな特徴です。各短編はそれぞれに完結した事件を扱いながら、全体を通して大きなテーマが紡がれていきます。また、最終話「人喰い博覧会」では、これまでの展開に一石を投じる驚きの結末が用意されており、読者を改めて仰天させます。
本作の中心となるのは、事件の真相より深層に目を向ける探偵・呪師霊太郎の姿勢です。彼の目的は、単に事件の謎を解くだけでなく、その背後に潜む人間の心理を解き明かすことにあります。そうした姿勢を通して、人間のもろさや卑小さが浮き彫りにされていきます。
一方で、呪師に助力する青年秀助の存在も重要です。事件に翻弄されながらも、真実を追い求める姿勢が描かれています。このような二人の人物像を通じて、この時代と人間の両義性が諄々と問われていきます。
本作を貫く根本のテーマは、昭和初期の北海道という特異な舞台設定とも関わってくるでしょう。この地は既に近代化が一定程度進行していながら、いまだ開拓の歴史が色濃く残る場所です。開け放たれた大地と、いまだ人里離れた辺境の間で、人間が本来の姿を現していく様が、まさに"人喰い"と形容されているのかもしれません。昭和の光と影が絡み合いながら、人間が本質的な部分で引き裂かれていく様が、見事に描写されています。
以下、各短編の概要と特徴を記します。
各短編の紹介
「人喰い船」
舞台は東京からカラフトへ向かう船上。秀助は探偵の霊太郎と出会い、貿易会社社長の変死体を発見する。衣服の謎をはじめ、不可解な点が散りばめられた本作は、最後の一言が強烈な印象を残します。
「人喰いバス」
温泉旅館から出たバスが途中の山道で放置されているのが発見され、客の行方が分からなくなるという"メアリー・セレスト号事件"を彷彿とさせる謎が提示されます。展開には倒叙ミステリの味わいも感じられます。
「人喰い谷」
この短編は、スキー場で消息を絶った夫と新進画家、そして彼らの死体が見つからないという謎に挑みます。春になっても死体が見つからないという事実は、予想を超えた真実へと導きます。
「人喰い倉」
内側から鍵のかかった倉庫での死、そしてその場に刃物がないという謎を秀助と霊太郎が追います。この話は、人間の心の複雑さと、時にそれがもたらす悲劇を浮かび上がらせます。
「人喰い雪まつり」
この短編では、逮捕された後に帰宅することなく殺される少女の父親の事件を扱います。雪の上に足跡が一つも残っていないという不可解な状況が、読者を引き込みます。
「人喰い博覧会」
博覧会の会場で起きた刑事の変死事件から、連作の終盤に向けてツイストが起こります。事件の意外な真相や思わぬ"思い"が掘り起こされ、大団円へと向かっていきます。呪いが断ち切られ、カタルシスがもたらされる結末です。
作品の魅力と影響
山田正紀の『人喰いの時代』は、ミステリーとしての面白さはもちろん、時代を映す鏡としての価値も高い作品です。各短編を通じて、読者は昭和初期の北海道という北国の雄大な大地と時代が作り出す"人喰い"のメタファーを軸に、人間が抱える狂気と矛盾が諄々と描き出されています。人間の謎めいた行動や心理の深層に触れることができます。この連作を読むことで、人はどのようにしてその時代を生き、そしてどのようにして自らの運命を喰い、また喰われていったのかを理解する手がかりを得ることができるでしょう。『人喰いの時代』は、ただの連作ミステリーではなく、時代と人間の本質を探求する作品として、多くの読者にとって価値ある一冊になるはずです。
文庫・再刊情報
叢書 | 徳間文庫 |
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出版社 | 徳間書店 |
発行日 | 1994/03/15 |
装幀 | 須藤敏明、秋山法子 |
叢書 | ハルキ文庫 |
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出版社 | 角川春樹事務所 |
発行日 | 1999/02/18 |
装幀 | 三浦 均、芦澤泰偉、門坂 流 |
叢書 | ハルキ文庫(第七刷) |
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出版社 | 角川春樹事務所 |
発行日 | 2014/07/18 |
装幀 | ©TJ.A.Kraulis/Masterfle/amanaimages、五十嵐徹(芦澤泰偉事務所)、門坂 流 |