叢書 |
初版 |
出版社 |
早川書房 |
発行日 |
1980/01/15 |
装幀 |
角田 純男 |
山田正紀の「宝石泥棒」は、一風変わったファンタジー世界を舞台に繰り広げられる、若者たちの冒険を描いた作品だ。魚が空を飛び交い、巨大な蝗が跋扈する草原が広がり、火を吹くサラマンドラが棲む砂漠が存在する。そんな異形の世界で、神々は人間たちに厳しい掟を課している。 物語の主人公、〈甲虫の戦士〉ジローは、いとこに恋心を抱いてしまったがゆえに、禁忌を犯す。しかし神は、かつて夜空に輝いていた宝石〈月〉を取り戻すことができれば、望みをかなえてやろうと告げる。こうしてジローは、同じく掟に背いた〈狂人{バム}〉チャクラ、そして牡牛の頭の仮面をかぶった女呪術師ザルアーとともに、〈空なる螺旋{フェーン・フェーン}〉を目指して旅立つのだった。
本作の魅力は、なんといっても緻密に描写された"世界"だろう。ページをめくるたびに、想像を絶する光景が目の前に広がっていく。しかしその一方で、世界の成り立ちについての説明は一切なされない。あるのは圧倒的なリアリティを伴った描写の数々のみだ。だがそれでいて、読み手は"世界"の姿をおぼろげにつかむことができるのだ。それを支えているのが、各章の末尾に添えられた注釈だ。この注釈は単なる注釈にとどまらず、物語の転換点において"世界"のイメージを変容させるのに貢献している。つまり、本文と注釈という二つのレベルを行き来することで初めて見えてくる世界の姿。それはメタフィクション的な構造を成しているのだ。 物語が進むにつれ、当初の"世界"とは相容れない要素が顔を覗かせ始める。それは、ジローたちの旅の真の意味を問うものであり、ひいては世界の真相に迫る鍵となる。もっともすべての謎が解き明かされるわけではない。しかしだからこそ、世界が解体されてゆく様を目の当たりにする醍醐味を、存分に味わうことができるのだ。
ファンタジーの常套的な世界観を離れ、新たな地平を切り拓いた意欲作。それが「宝石泥棒」という作品の本質だろう。緻密な描写によって構築された異形の世界を自在に操りながら、若者たちの冒険を通して人間存在の根源的な問いに迫る。まさに、現代日本文学の最先端を行く作品のひとつだ。山田正紀の独創性が遺憾なく発揮された、記念碑的な一冊である。
叢書 |
角川文庫 |
出版社 |
角川書店 |
発行日 |
1982/03/30 |
装幀 |
福田 隆義 |
叢書 |
ハヤカワ文庫 |
出版社 |
早川書房 |
発行日 |
1986/06/15 |
装幀 |
佐藤 道明 |
叢書 |
ハヤカワ文庫 |
出版社 |
早川書房 |
発行日 |
1990/03/31(2刷) |
装幀 |
角田 純男 |
叢書 |
ハルキ文庫 |
出版社 |
角川春樹事務所 |
発行日 |
1998/10/18 |
装幀 |
三浦 均、芦澤泰偉 |
叢書 |
ハルキ文庫(新装版) |
出版社 |
角川春樹事務所 |
発行日 |
2015/02/18 |
装幀 |
るりあ046、五十嵐徹(芦澤泰偉事務所) |