ナース

ナース

逃げるな、治せ、戦え──これは命を賭けた応急処置だ!

2025年3月29日
2025年3月29日

ナース 初版書影

叢書 ハルキ・ホラー文庫
出版社 角川春樹事務所
発行日 2000/08/28
装幀 芦澤泰偉

極限状況で輝くプロフェッショナリズムと予測不能の恐怖

― ケア・死者・女性たちの物語として ―

ホラー及びスプラッター等に極端に嫌悪感を示す方はこのままページを閉じてください。

1. はじめに:これはただのホラーではない

ゾンビ×看護婦という一見突飛な組み合わせに、あなたはどんな印象を抱くだろう? 山田正紀の『ナース』(2000年、ハルキ・ホラー文庫)は、ジャンボ機の墜落事故という災害を舞台に、7人の看護婦たちが未知の“動く死体”に立ち向かうスプラッター・アクションだ。だが、本作が描いているのは単なる恐怖ではない。 それは、人間が極限状態の中で“命”と“死”にどう向き合うのかを問う、深い倫理と美学をもった物語である。


2. 物語の全体像:墜落現場で始まる人間ドラマ

ジャンボ機が標高1000メートルを超える山中に墜落し、500名もの乗員乗客が死亡。現場へ急行した自衛隊や警察、医療関係者たちは、異常な現象に遭遇して壊滅。 そこへ、日本赤十字の看護婦チーム「丸山班」が派遣される。

彼女たちが直面するのは、バラバラになった死体が動き出し、生者を襲うという悪夢のような現場。 これは医療ミッションであると同時に、戦場でのレジスタンスでもあった。


3. キャラクターと構造分析:「七人の侍」との呼応

『ナース』は、黒澤明『七人の侍』への明確なオマージュでもある。7人の看護婦はそれぞれが個性と役割を担い、丸山晴美という婦長のもとに結束する。

キャラ特徴『七人の侍』対応キャラ
丸山晴美(婦長)包容力ある統率者島田勘兵衛(志村喬)
水島理恵(主任)冷静な実行者久蔵(宮口精二)
森村智世破天荒なアウトロー七郎次(加東大介)+五郎兵衛(稲葉義男)
斉藤益美完璧主義のプロ七郎次的な実務家
安田美佐子屈強で温かい人物平八(千秋実)
山瀬愛子最年少、成長枠岡本勝四郎(木村功)
遠藤志保精神的に脆弱菊千代(三船敏郎)

バラバラな個性が「死者を鎮める」という使命によって一つになる。この構造自体が、“日本的チーム美学”の象徴でもある。


4. ジャンル融合の妙:スプラッター × 医療 × ヒューマンドラマ

本作はグロテスクな描写も多いが、最大の異色性はそこではない。 ゾンビ=敵 ではなく、ゾンビ=患者として描かれるという点にある。

彼女たちの目的は、「倒すこと」ではなく「静かに眠らせること」。 それはまさに、医療者としての倫理と、人間としての祈りが交差する瞬間である。


5. 映画化されたゾンビ作品との比較:日本的ホラー感性とは?

作品ゾンビの描写主なテーマ
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』射殺対象社会不安・同調圧力
『28日後…』急速感染パニックと自己破壊
『新感染』群衆の暴走家族愛・格差
『ナース』未浄化の死者ケア・供養・死の尊厳
  • 西洋:ゾンビを「殺す」
  • 日本:ゾンビを「鎮める」

日本では、死者を敵とするよりも、“供養されるべき存在”として受け止める文化的土壌がある。 ゾンビが“死にきれない魂”であるならば、それに向き合う『ナース』の看護婦たちは、供養者・僧侶に近い存在とも言える。


6. フェミニズムから読み解く:ケアは抵抗である

看護婦たちは“白衣の戦士”か?

『ナース』では、男たち(医師・自衛隊・警察)は崩壊し、女たちが主役になる。 ここにジェンダーの反転構造がある。

  • ケアは弱さではなく、行動である。
  • 支えることは、戦うことと同等の力を持つ。
  • 「ケアすること」が、国家の崩壊した現場における最大のレジスタンスになる。

ケアの倫理(ジョアン・トロント『ケアのデモクラシー』より)

  • ケアは政治的行為である。
  • 社会的脆弱性に応答する行為が、民主主義の根幹。
  • 看護婦たちは「ケアする市民」として、この物語の主人公となる。

身体と逸脱(バーバラ・クリード『モンスター的女性』より)

  • ゾンビ=“逸脱した身体”
  • 看護婦=それに向き合う主体
  • 女性が“モンスターと対話する存在”として描かれる構図

7. パンデミック以後の読解:『ナース』が先取りしていたもの

墜落現場=災害医療の極限状態

  • 自衛隊・警察・医師が次々に壊れ、逃げ出す
  • 看護婦たちだけが、現場に留まり「ケア」し続ける

これは、パンデミック下の医療崩壊やエッセンシャルワーカーの姿そのものだ。

ケアの真の意味

  • ケアとは命を救うだけではない
  • 「死を死として迎える」ことも、立派な医療行為である

『ナース』の中で、動く死体を“敵”として排除せず、“患者”として対処する姿は、 現代医療の「看取り」と深く重なる。


8. 終章:これは看護婦たちによる“戦場のプロフェッショナル”物語だ!

山田正紀の『ナース』は、ホラーとプロフェッショナル・ドラマを融合させた極めて独創的な小説である。 ゾンビという題材を用いながらも、恐怖の根源は化物ではなく、極限状況に置かれた人間の内面や、社会システムの脆弱さにある。

何より特筆すべきは、“逃げる”という選択肢が最初から排除されている構造だ。 看護婦たちは、自衛隊や警察が崩壊する中でも、自らの使命=死者を安置し、生者を守るという倫理観に基づき、現場を離れない。 それは“戦う”というより、“向き合い続ける”という行為の強さである。

  • プロ意識と使命感でゾンビに立ち向かう白衣の戦士たち
  • 七人の個性豊かなキャラが織り成すヒューマンドラマ
  • グロ描写の裏に潜む感動と倫理観
  • 看護という職業に内在する「逃げられなさ」が、そのまま物語の駆動力になっている設定の巧妙さ

ゾンビを“敵”ではなく“患者”として処理し、最後まで職責を全うしようとする彼女たちの姿に、読者は震え、そして静かな敬意を抱くはずだ。


📚参考文献・レビューリンク集