孔雀王

孔雀王

時を超えた孤高の戦士、孔雀王――三十世紀の異世界で運命を変える男

孔雀王 初版書影

叢書 初版
出版社 講談社
発行日 1980/11/12
装幀 滝野晴夫
本文挿絵 加藤直之(スタジオぬえ)

異世界とタイムスリップの融合が生む壮大な冒険

『孔雀王』とは

山田正紀による『孔雀王』は、タイムスリップと異世界冒険を融合させたSF小説です。現代の強欲な男が異世界で運命に挑むこの作品は、日本における異世界転生ものの先駆けとも言える存在で、後のジャンル作品に影響を与えたと言っても過言ではありません。

主人公・佐伯鉄夫は、暴力団相手に強奪を生業とする冷徹な男。彼は美貌と行動力を兼ね備え、「孔雀」と呼ばれるほどの異彩を放つ存在です。そんな彼の運命は、敵に追い詰められたその瞬間、未来へタイムスリップすることで一変します。目を覚ました鉄夫がいたのは、30世紀の異世界。この世界では、植物や水、鉱物までもが意思を持ち、生物と無生物が融合する不思議な世界が広がっていました。

異世界の設定と文化

30世紀の未来は、テクノロジー主導の未来像とは異なり、自然そのものが進化し、独自の秩序を築いた世界です。人々は部族を形成し、動物や自然の力を象徴する「トーテム」を守護神として崇め、その遺伝子を受け継ぎます。これにより、部族のメンバーはそれぞれのトーテムに応じた能力や特徴を持つようになるのです。

この独自の異世界設定は、現代の異世界転生ものに見られる「異なる法則の世界で力を手に入れる」構造の先駆けと捉えることができます。現代の多くの異世界転生作品では、主人公が異世界において魔法や特別な力を獲得し、現実では得られなかった成功を収めていく展開が一般的です。『孔雀王』の鉄夫もまた、自らの部族を作り上げ、失ったものを取り戻すという欲望を胸に異世界で試練に挑んでいきます。鉄夫が「孔雀」をトーテムとし、その力を活用して新たな未来を切り拓こうとする姿は、まさに現代の異世界転生作品に通じるテーマ性を感じさせます。

主人公・佐伯鉄夫の人物像

鉄夫は、美貌と強力な行動力を持ちながら、内面には現代社会への虚無感と不満を抱えたアンチヒーロー的な存在です。彼の目的は、未来の異世界で自らの部族を築き、失った財産を取り戻すこと。これは単なる冒険のためではなく、現実での欲望を実現するために異世界のルールを利用しようとする意図が明確です。

現代の異世界転生ものにしばしば見られるのは、現実社会に適応できなかった主人公が異世界において新たな役割や居場所を見つけるというテーマです。『孔雀王』の鉄夫も、現代での生活において自己の居場所を見いだせず、異世界に飛ばされたことでその能力を開花させていくという点で、この構造に似た要素を持っています。

鉄夫が「孔雀」をトーテムとして選び、その美しさと強さを活かすという設定も、異世界転生ジャンルにおける「新しい力を手に入れる」典型的なテーマと重なります。また、鉄夫のキャラクターは、一般的なヒーロー像とは異なり、自らの欲望に忠実な姿勢が際立っています。この点もまた、現代の異世界転生ものにおける「普通の人間が異世界で強力な力を得て、物語を動かしていく」という側面と共鳴しています。

魅力的な異世界の冒険

『孔雀王』は、タイムスリップものとしての要素を持ちながらも、むしろ異世界での冒険に焦点を当てています。30世紀の未来は、現実の延長線上にある未来というよりも、ファンタジー的な神話の世界観が強く、トーテムや部族社会といった設定が物語の核を成しています。この点もまた、異世界転生ものにおける「新たな世界観での冒険」という共通点を見いだせます。

現代の異世界転生ものでは、主人公が異世界での新しい力を得て、現実社会での失敗を補完し、成功を収める展開がよく描かれます。鉄夫の場合、彼の目的は自らの財産を取り戻すという非常に個人的なものですが、その過程で異世界の文化や試練と向き合い、成長を遂げていく様子は、多くの異世界転生作品に通じるテーマです。

また、物語全体に流れる「異世界のルールに適応しつつ、現実の欲望を実現する」という構図は、異世界転生ジャンルの根幹をなす要素でもあり、これが後の作品に与えた影響を考えると、『孔雀王』が先駆的な作品であることが明らかです。

続編の期待と未完の物語

『孔雀王』は当初、三部作として構想されていましたが、続編は執筆されることなく未完のままです。そもそもその情報さえ本書の解説でしか知ることはありませんでした。作者本人が本書について語ったことを寡聞にして現在に至るまで聞いたことがありません。

作者にしては珍しくヒーロー然とした主人公とスピーディーな展開、そして何か弾けた感じが気持ちよく最後まで一気に読み切ったものです。早く続きが読みたい、と本当に思ったものですが・・・・。

この未完ゆえに、物語には多くの余白が残され、読者は自らの想像力で鉄夫のその後を補完することを余儀なくされます。鉄夫が異世界で自らの部族を作り、さらなる冒険へと挑む姿を期待した読者にとっては、惜しい終わり方だったかもしれません。

しかし、この未完の物語は、その壮大な設定と魅力的なキャラクターのおかげで、今なお多くのファンに愛され続けています。30世紀という未知の未来で、鉄夫がさらなる試練に立ち向かう姿を想像することで、物語は読者の心の中で生き続けているのです。

現代の異世界転生作品への影響

『孔雀王』は、今日の日本における異世界転生ジャンルの先駆け的な作品と見なすことができます。もちろん、タイムスリップというものはSFではありふれたものではあります。現に、私の最初のSF体験が、創元推理文庫 L.ニーヴンとJ.パーネルの「インフェルノ-SF地獄篇-」だったというのもあるのですが(事故死したSF作家がたどりついたのがダンテの描いた地獄だった、という作品)、同じ出発点から我が山田正紀がどう料理していくのか興味津々で読み進めたというのもあります。

タイムスリップという要素を持ちながらも、異世界での冒険に主軸を置き、主人公が現実世界とは異なる価値観や力を持つ新しい世界で成長していくという構図は、現代の異世界転生作品で頻繁に見られるパターンと共通しています。特に、主人公が異世界で新たな力を得て、異世界のルールに順応しながら物語を進めるという点は、異世界転生ものの重要な要素となっており、その影響は顕著です。

最後に

『孔雀王』は、異世界転生ものの元祖とも言える作品であり、その大胆な設定や独特のキャラクター描写は、現在の多くの異世界作品にも通じる要素を持っています。山田正紀の先見的なアイデアが織り込まれたこの作品は、未完でありながらもその影響力は大きく、異世界転生ジャンルを読み解く上で欠かせない一作です。鉄夫の異世界での冒険と試練を通じて、読者もまた新しい世界観に引き込まれていくことでしょう。