叢書 | 初版 |
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出版社 | 講談社 |
発行日 | 1980/11/12 |
装幀 | 滝野晴夫 |
本文挿絵 | 加藤直之(スタジオぬえ) |
1908年、シベリアのツングース大爆発
山田正紀の『ツングース特命隊』は、20世紀最大の未解決事件の一つ、ツングース大爆発を舞台にした歴史的SF冒険小説です。1908年にシベリアで起こったこの謎の大爆発は、地球外の影響か、未知の自然現象かといった多くの仮説が立てられながらも、いまだに決定的な解答は得られていません。本作は、そのミステリアスな事件を背景に、冒険、スパイ活動、そしてオカルト的な要素を絡めて描かれた壮大な物語です。
登場人物とその旅路
物語の主人公は、日本陸軍のエージェントとして活躍する武藤淳平。彼はかつての上官であり、日本軍の策略家である明石大佐の命令を受け、謎の大爆発が発生したツングースの地に調査隊を率いて向かいます。この特命隊は、ただの軍事ミッションではなく、シベリアに広がる〈地獄〉と呼ばれる未知の領域に足を踏み入れることになるのです。
武藤を中心に結成された特命隊のメンバーは個性豊かで、多様なバックグラウンドを持つ者たちです。
- 村井少尉:日本陸軍の若き将校。武藤と共にシベリアの大地へと踏み出します。
- 伊沢:抗日義兵軍に通じた銃の名手。複雑な過去を持ち、復讐心を燃やす。
- 俊藤:シベリアに郷愁を感じる用心棒。彼の内面に秘められた過去が、物語に深みを与えます。
- 大隈:謎めいた軍医で、科学者としての知識とオカルトの狭間に立つ存在。
これらのキャラクターたちは、各々の動機と過去を抱えながら、ツングースの未知の世界へと向かいます。彼らの旅路は、物理的な冒険であると同時に、心理的・精神的な成長の物語でもあります。
神秘と陰謀が交錯する物語
『ツングース特命隊』の大きな魅力は、冒険要素とスパイ的な陰謀、そしてオカルトやSF的な設定が巧みに組み合わさっている点です。物語の舞台となるシベリアの大地は、極寒の荒野として描かれ、その自然環境が物語の緊張感をさらに高めています。隊員たちは、シベリアの荒野を進む中で、時には敵対者との衝突を余儀なくされ、時には謎めいた出来事に遭遇します。
特に興味深いのは、怪僧ラスプーチンや妖術師グルジェフといった実在の人物が登場し、物語に深みを与えていることです。彼らは歴史上でも異端的な存在として知られ、その神秘性が小説内で色濃く反映されています。ラスプーチンは、謎めいた予言や不思議な力を持ち、特命隊の行く手を阻む存在として描かれています。一方、グルジェフは哲学者・神秘家として、物語に重要な影響を及ぼします。
「地獄」を目指す特命隊
特命隊の最終目的地であるツングースの「地獄」は、単なる物理的な場所ではなく、物語の中で象徴的な意味を持ちます。この地獄は、人類の未解明の領域を指しているとも言え、その中で隊員たちは自分たちの限界を試され、時には超常的な現象と対峙しなければならないのです。
この「地獄」におけるクライマックスでは、SF的な設定が全面に押し出され、読者に強烈な印象を残します。ツングース大爆発の背後には何があるのか、その真実が明かされる場面は、謎が解けるスリルと同時に、未知への畏怖を感じさせるものとなっています。
SF的な要素とオカルトの融合
山田正紀の筆致は、SFとオカルトの境界線を曖昧にしながら、物語を進めていきます。物理的な現象としての大爆発と、それに関連する超常的な出来事が織り交ぜられ、読者はそのどちらにも引き込まれていきます。この作品におけるSF的な設定は、ツングース大爆発が持つ謎と関わり、物語全体にリアリティとファンタジーのバランスを保たせています。
さらに、隊員たちが出会う数々の敵や障害、そして陰謀家たちの思惑も、物語を緊迫させる要素となっています。特にラスプーチンとグルジェフの存在は、物語に対する哲学的なテーマを深め、読者に人間の限界や宇宙の謎といった問題を問いかけます。
ベルヌの『地底旅行』へのオマージュ
興味深いのは、本作が、ジュール・ベルヌの『地底旅行』を意識しているように感じられる点です。秘境SF冒険小説のジャンルでは、同じく氏の代表作『崑崙遊撃隊』が、アーサー・コナン・ドイルの『ロスト・ワールド』(+ 生島治郎「黄土の奔流」、岡本喜八「独立愚連隊」1)をオマージュしているとも言われていますが、本作『ツングース特命隊』は、地底に広がる未知の世界や、科学と冒険をテーマに描いたベルヌの影響を色濃く受けているようです。
ジュール・ベルヌの『地底旅行』では、地下に広がる秘境を探検する科学者たちが登場し、未知の領域への好奇心と恐怖が描かれています。『ツングース特命隊』も、未知の「地獄」を目指す特命隊の冒険を通して、科学的探求と人間の限界に挑む姿勢が共通しています。両者の作品は、時代や舞台設定は異なるものの、共に未知の世界への探求心が根底に流れており、読者に同じようなロマンを感じさせるのです。
結末の余韻
物語の最終章で明かされるツングース大爆発の真相は、SF的な要素に加え、哲学的な問いも投げかけます。この結末に至るまで、読者は冒険のスリルと同時に、奥深い謎に挑む楽しさを味わうことができます。
結局のところ、『ツングース特命隊』は、ただの冒険小説ではなく、歴史、SF、オカルト、そして哲学的要素を融合させた作品と言えるでしょう
文庫・再刊情報
叢書 | 講談社文庫 |
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出版社 | 講談社 |
発行日 | 1985/04/15 |
装幀 | 加藤直之 |
叢書 | ハルキ文庫 |
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出版社 | 角川春樹事務所 |
発行日 | 1999/09/18 |
装幀 | 三浦均、芦澤泰偉 |
Footnotes
- 幻冬舎「ミステリーの書き方」より ↩