叢書 | 初版 |
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出版社 | 集英社 |
発行日 | 2002/08/31 |
装幀 | 大路浩実、箕浦真人 |
収録作品
- 序幕
- 指輪
- 経理課心中
- ホームドラマ
- 青い骨
- 環状死号線
- 魔王
- 明日どこかで
- 幕間
- わがデビューの頃
- 天使の暴走
- 死体は逆流する
- 屍蝋
- さなぎ
- オクトーバーソング
- バーバー バーバー
- 渇いた犬の街
- 終幕
- 後書き
ジャンルの境界を超える名手が贈る、渋谷からの奇妙な贈り物
📚構成とテーマ:これは“枠物語”である
『渋谷一夜物語』は普通の短編集ではありません。 全体が「枠物語(フレームストーリー)」として組み立てられ、以下のような構造になっています:
- 序幕(プレリュード)
- 本編短編 15編
- 幕間(インターリュード)
- 終幕(ザ・カーテン・フォール)
- 後書き(ザ・カーテンコール)
主人公の“おれ”は、自分を酷評した文芸評論家を殺害する途中、渋谷の夜の街でチーマー(若者グループ)に襲われます。命乞いの条件は「面白い話を語れ」。 その結果、彼は命をかけて語り続けることになるのです。
つまりこの本は、一人の作家がその場しのぎでひねり出す15の短編によって構成された“即興芸”であり、“千夜一夜物語”の現代渋谷版とも言えるのです。
✍️各短編の解説(収録順)
「序幕{プレリュード}」
作家「おれ」は文芸評論家を殺す準備を終え、アリバイ工作のためにカラオケ屋へ向かう途中、渋谷で若者たちに絡まれる。解放の条件として「面白い話」を求められ、窮地での即興性が物語の起点に。緊迫感の中にユーモアが漂う幕開けだ。
🎭1. 指輪
浮気相手に向けられた嫉妬と怒りの結晶、それが“指輪”。 夫と浮気相手に“同じ宝石店の指輪”が渡っていたという皮肉が、女性の復讐心に火をつけるが――計画は思わぬ方向へと。
💡嫉妬、復讐、狂気の三拍子。心理サスペンスの王道をいく。
🧾2. 経理課心中
3年前の過ちが再会の瞬間に蘇る。元テレクラ嬢と横領係長――お互いの弱みを握った二人の駆け引きがはじまる。
💡結末は見えていても、そのプロセスがスリリング。
🏠3. ホームドラマ
他人の母に「娘」として迎えられた独身女性。 孤独が“家庭”という幻想を育てるが、その代償はあまりにも重い。
💡優しさと狂気の紙一重。筒井康隆的な社会風刺もチラリ。
⚱️4. 青い骨
妻の骨壷を取り違えた男と、現れた“未亡人”の謎。 普通のサスペンスに見えて、深く潜ると異様な湿度のドラマが広がる。
💡スイッチひとつで崩壊する「現実」の怖さ。
🚕5. 環状死号線
死者を乗せるタクシー運転手の“日常”。 その“現実”に疑問を抱いた瞬間、世界のルールが反転する。
💡都市伝説的ホラー+哲学的寓話。
🧒6. 魔王
シューベルトの「魔王」をモチーフにした短編。 子どもの残酷さに取り憑かれた男が、自ら“魔王”となる過程を描く。
💡ホラーというより心理小説の趣。ゾクッとくる静かな恐怖。
🧬7. 明日どこかで
コインロッカーの中には“何か”があった。 バイオ研究に関わる男が遺した謎の鍵が、未来の悪夢を開いてしまう。
💡クトゥルー神話的な雰囲気もあり。現代ホラーの秀作。
「幕間{インターリュード}」
「おれ」が若者たちに語りを続け、疲弊しながらも次の物語へ移る中継ぎの場面。若者たちとのやりとりが続き、彼らの反応や「おれ」の心情が垣間見える。「ミステリの祭典」では「一旦リセットしたのが異化効果」と評され(参照URL)、短編間の緊張感を緩和しつつ、次の展開への期待を高める役割を果たしている。枠物語としての流れを保ちつつ、軽いユーモアも漂う。
🎉8. わがデビューの頃
一見エッセイ風の題名な、実は作家デビューの裏話を思わせるユーモラスなコメディ調の短編。 読者を「騙す」タイプの物語で、クスリと笑える。
💡何も知らずに読むのが正解。構成もトリックも巧妙。
👼9. 天使の暴走
バス転落事故の現場に現れた、笑う“天使”。 白人少女の不気味な存在感がジワジワと恐怖を浸食する。
💡“女は天使か、悪魔か?”を文字通り体現した怪作。
🎣10. 死体は逆流する
釣り人が釣り上げたのは……行方不明の議員秘書の死体。 通報か隠蔽か?秘密の釣り場にこだわった男の運命は。
💡日常が崩れる瞬間のテンションが見事。
🕯️11. 屍蠟
母と姉の記憶、失踪した家族、そして“屍蝋”――。 不穏な記憶と静かな死の匂いが交差する幻想譚。
💡死と再会の物語。静かにゾッとする“奇妙な味”。
🐛12. さなぎ
病院で出会った、もうひとりの“わたし”。 ぐるぐる巻きの姿は、何かから変態しようとしているさなぎのようで――。
💡アイデンティティの曖昧さがテーマ。哲学的恐怖。
🍬13. オクトーバーソング
小学校時代の記憶と「檸檬糖」が繋がる。 熱にうなされた“私”が思い出す“あの頃の秘密”。
💡ノスタルジックで幻想的。記憶の地雷が炸裂する作品。
💈14. バーバー バーバー
赤ん坊が最初に発する「バーバー」という言葉の謎。 床屋で考えた“おれ”が話しかけた相手は……?
💡ダジャレからホラーに変貌。理性をじわじわ削る短編。
🧠15. 渇いた犬の街
死者の脳を生かし続ける研究者が、土地の人々の怒りを買う。 ノアール調のSF的設定が独特な世界観を創出。
💡『デッドソルジャーズ・ライヴ』の拡張版とも言える一編。
「終幕{ザ・カーテン・フォール}」・「後書き{ザ・カーテンコール}」
「おれ」が若者から解放され、計画を完遂するかを描く終幕と、切実な後書きで締めくくる。
🎬枠構成パート(4編)
- 序幕(プレリュード):作家“おれ”の殺人計画とチーマーとの遭遇
- 幕間(インターリュード):中間地点で一息。物語の折り返し点
- 終幕(ザ・カーテン・フォール):すべてを語り終えた“おれ”の顛末
- 後書き(ザ・カーテンコール):作者山田正紀のメタ的メッセージ
📎外部レビュー・読者の声(引用付き)
- 黄金の羊毛亭:「『まだ、名もない悪夢』と同じ“枠物語”構造。ユーモアと恐怖の同居が絶妙」
- ブクログ:「まさにダマサキマニア垂涎の一冊☆…『オクトーバーソング』『バーバー バーバー』は狂気の臨界点」
- オッド・リーダーの読感:「チーマーから解放されてアリバイ工作を完遂せねばならんのだ! 正紀の完全犯罪は成功するのか?」
🪶ラストにひとこと(まとめ)
『渋谷一夜物語』は、短編集でありながら一貫した物語世界を持つ“語り”の文学です。 ミステリ、ホラー、サスペンス、SFとジャンルはバラバラでも、どの作品も人間の心の裏側を覗かせてくれる。
この作品に宿る“語りの力”は、読み手に次の物語を求めさせずにはいられません。 まさに、現代の“シェヘラザード”=山田正紀の真骨頂。
文庫・再刊情報
叢書 | 集英社文庫 |
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出版社 | 集英社 |
発行日 | 2005/10/25 |
装幀 | 大路浩実、箕浦真人 |