虚栄の都市

虚栄の都市
-東京を襲った悪夢の48時間-

都市ゲリラの恐怖とテクノロジーが交錯する未来―東京の悪夢

虚栄の都市 初版書影

叢書 NON NOVEL
出版社 祥伝社
発行日 1982/04/20
装幀 小松原京子、山下一徳

1. 作品概要

山田正紀の「虚栄の都市」は、1980年代に発表された近未来ポリティカルフィクションです。この作品は、テクノロジーの進化によって高度に発展した東京を舞台に、突如として発生した都市ゲリラによるテロ事件とそれに対応する警察や自衛隊の姿を描いています。

時代背景とテーマ

1980年代、日本は高度経済成長期を経て、バブル経済へと突入しようとしていました。一方で、世界的には冷戦の終結が近づき、テロリズムの脅威が新たな国際問題として浮上し始めていました。「虚栄の都市」は、そんな時代の空気を反映しつつ、急速な都市化とテクノロジーの発展がもたらす光と影を鋭く描き出しています。

主要なテーマには以下のようなものがあります:

  1. テクノロジーの進化と人間性の喪失
  2. 都市化がもたらす個人の疎外感
  3. 秩序と混沌の狭間で揺れ動く現代社会
  4. 組織(警察・自衛隊)と個人の葛藤

主要キャラクター

  • 鳥居秀警視正(警視庁警備部課長):主人公の一人。冷静沈着な性格で、都市ゲリラとの戦いの最前線に立つ。
  • 浅間三佐(自衛隊第一通信団):もう一人の主人公。鳥居とは対照的な、熱血漢的な性格。
  • 都市ゲリラ:正体不明の破壊活動集団。高度な技術と戦略を駆使して東京に混乱をもたらす。

2. 物語の設定と主な展開

物語の始まり

深夜の東京・中央区。突如として三星重工ビルが爆破され、都市ゲリラによる一連のテロ事件が幕を開けます。警察や政府は対応に追われますが、ゲリラたちの迅速で強力な攻撃に翻弄されます。

主な展開

  1. 三星重工ビル爆破事件
  2. 内幸町変電所の破壊
  3. 地下街での爆破テロ
  4. 警視庁と自衛隊の協力と対立
  5. ゲリラたちの正体をめぐる謎
  6. 鳥居と浅間の個人的な対決

物語は、都市ゲリラとの戦いを軸に展開しますが、その背後にある警察と自衛隊の確執、そして鳥居と浅間という二人の主人公の個人的な対立が重要な要素となっています。テロ事件の謎が徐々に明かされていく中で、読者は未来都市の闇と、そこに生きる人々の葛藤を目の当たりにすることになります。

3. テーマとメッセージ

テクノロジーと人間性

「虚栄の都市」は、テクノロジーの進化が人間社会にもたらす影響を鋭く描いています。高度に発達した都市システムは、一方で人々の生活を便利にしながら、他方で人間性の喪失や個人の疎外感を引き起こしています。

秩序と無秩序の狭間

物語の中核にあるのは、秩序を守ろうとする警察・自衛隊と、それを破壊しようとする都市ゲリラの対立です。しかし、この対立は単純な善悪の図式ではなく、両者の動機や背景が複雑に絡み合っています。

組織と個人

鳥居と浅間という二人の主人公を通じて、組織(警察・自衛隊)の一員でありながら、個人としての判断や行動を求められる現代人の葛藤が描かれています。

山田正紀のメッセージ

作者の山田正紀は、この作品を通じて、テクノロジーの進化と都市化が加速度的に進む社会において、人間はどのように生きるべきかを問いかけています。便利さと引き換えに失われていく人間性、そして個人の尊厳をどう守るべきか――これらの問いは、現代の私たちにも強く響くメッセージとなっています。

4. リアリティと取材による描写

「虚栄の都市」の魅力の一つは、その圧倒的なリアリティにあります。山田正紀の綿密な取材に基づく描写は、フィクションでありながら、読者に強い現実感を与えます。

具体的な描写例

  1. 警察の対応:警視庁の指揮系統や、現場での具体的な対応策が詳細に描かれています。例えば、テロ発生時の初動対応や、情報収集のプロセスなどが緻密に描写されています。
  2. 都市インフラ:変電所や地下街など、都市の重要インフラの構造や機能が正確に描かれており、それらが攻撃を受けた際の影響が現実味を持って描写されています。
  3. 一般市民の反応:テロ事件に巻き込まれた一般市民のパニックや混乱、そしてメディアの報道姿勢なども、リアルに描かれています。

このようなリアルな描写は、単に物語に説得力を与えるだけでなく、読者に「これは現実に起こりうる」という緊張感を与え、作品の魅力を高めています。

5. 押井守の「機動警察パトレイバー」への影響

山田正紀の「虚栄の都市」は、後の作品にも大きな影響を与えました。特に、押井守の「機動警察パトレイバー2 the Movie」には、明確な影響が見て取れます。

具体的な影響例

  1. 未来都市の描写:「パトレイバー」に登場する近未来の東京は、「虚栄の都市」の影響を強く受けています。高層ビルが立ち並ぶ都市景観や、高度に発達した交通システムなどが類似しています。
  2. テクノロジーと社会問題:両作品とも、テクノロジーの発展がもたらす社会問題を中心テーマとしています。「パトレイバー」では、労働用ロボット「レイバー」が引き起こす問題が描かれていますが、これは「虚栄の都市」のテーマを発展させたものと言えるでしょう。
  3. 組織と個人の葛藤:「パトレイバー」の主人公たちも、組織(警察)の一員でありながら、個人としての判断を求められる場面が多々あります。これは「虚栄の都市」の鳥居や浅間の姿勢と重なります。

押井守は「虚栄の都市」のビジョンを自身の作品に取り入れつつ、より SF 的な要素を加えて独自の世界観を構築しました。この影響関係は、「虚栄の都市」が日本の SF 作品に与えた文化的な重要性を示しています。

6. 個人的な感想:『虚栄の都市』の魅力

「虚栄の都市」は、40年以上前に書かれた作品でありながら、現代の私たちに強く訴えかけるメッセージを持っています。

現代社会への警鐘

テクノロジーの進化と都市化が加速度的に進む現代において、この作品が描く未来図は、むしろ現実味を増しています。便利さと引き換えに失われていく人間性、そして個人の尊厳をどう守るべきか――これらの問いは、今なお私たちに突きつけられています。

リアルな描写の魅力

山田正紀の緻密な取材に基づく描写は、読者を物語の世界に引き込みます。警察や自衛隊の動きだけでなく、事件に巻き込まれる一般市民の姿まで、細部にわたってリアルに描かれており、それが作品の大きな魅力となっています。

おすすめの読者層

  • 社会問題や技術の発展に関心がある方
  • リアリティのある近未来ポリティカルフィクションを楽しみたい方
  • 警察小説やサスペンスが好きな方

「虚栄の都市」は、単なるエンターテインメントを超えて、私たちの社会や生き方について深く考えさせてくれる作品です。テクノロジーと人間性の共存という永遠のテーマに興味がある方には、ぜひ一読をおすすめします。

文庫・再刊情報

三人の馬 文庫書影

叢書 ノン・ポシェット→「三人の馬-東京が震撼した悪夢の48時間-」に改題
出版社 祥伝社
発行日 1986/05/01
装幀 中原達治、柏崎義明

三人の馬 文庫書影

叢書 ノン・ポシェット→「虚栄の都市 東京が震撼した悪夢の48時間・『虚栄の都市』改題」に改題
出版社 祥伝社
発行日 1986/06/01 (第2刷)
装幀 中原達治、柏崎義明