2025年5月17日

桜花忍法帖(上) 初版書影

叢書 講談社タイガ
出版社 講談社
発行日 2015/11/18
装幀 せがわまさき、坂野公一(welle design)
原案 「甲賀忍法帖」(山田風太郎/講談社文庫)、「バジリスク〜甲賀忍法帖〜(1)〜(5)」せがわまさき/講談社

桜花忍法帖(下)  初版書影

叢書 講談社タイガ
出版社 講談社
発行日 2015/12/16
装幀 せがわまさき、坂野公一(welle design)
原案 「甲賀忍法帖」(山田風太郎/講談社文庫)、「バジリスク〜甲賀忍法帖〜(1)〜(5)」せがわまさき/講談社

📝はじめに:「忍法帖」の血を引き継ぎ、“未来”へ向かった一冊

1958年、山田風太郎によって書かれた『甲賀忍法帖』。 これは“忍者”という言葉の印象を変えた革命的な伝奇小説であり、“忍法帖”というジャンルそのものを築いた作品でした。

それから半世紀以上――。 この“伝奇の火”を受け継ぎ、新たな解釈とともに再点火したのが、山田正紀『桜花忍法帖』 です。

この作品は、単なる続編ではありません。 風太郎の遺産をどう継ぐのか、そして現代に何を語るべきかという問いに、真正面からぶつかった「挑戦作」であり、「再定義の書」 です。

本稿では、その『桜花忍法帖』を多面的に読み解き、

  • 物語の魅力
  • 作家性の変奏
  • 現代的意味合い
  • 他ジャンルとの共鳴

を丁寧に探っていきます。


🏯物語あらすじ

時は徳川三代将軍の時代。 かつて壮絶な死闘を繰り広げた甲賀と伊賀の忍者たちは全滅した。 ……それから12年。

弦之介と朧の“忘れ形見”である双子――甲賀八郎(矛眼術)と伊賀響(盾眼術)は、それぞれ甲賀五宝連・伊賀五花撰を率いていた。

そこに突如、謎の僧・成尋が率いる “成尋衆” という異形の敵が襲来する。 人間の域を超えた“術”を操るこの集団により、かつての精鋭たちはあっけなく全滅。 生き残ったのは、八郎と響、そして彼らを支える新たな仲間たち。

5年後、成尋衆は再び現れ、巨大な動く城〈叢雲〉で江戸を襲撃する。 双子は再び立ち上がり、人外の術者たちに挑むことになる――。


🌸第一章|運命の双子・八郎と響──もう一つのロミオとジュリエット

👁「矛眼術」と「盾眼術」、愛することすら“敵対”になる

八郎と響は、甲賀弦之介と伊賀朧の子どもであり、 まさに“ロミオとジュリエット”の次世代として生まれた双子です。

彼らは、幕府によって分け隔てられ、 一方は“矛”、もう一方は“盾”という相反する瞳術を与えられます。

この設定が象徴するのは、“交わることのできない双子”という悲劇的運命。 愛し合っても、目を合わせるだけで死を意味する“先代”の構造が、 今作では「まなざしのぶつかり合い=新たな存在“桜花”の誕生」へと変容します。

🧬桜花とは何か?

桜花――それは、情報生命体。 八郎と響が見つめ合ったときに生まれた、“感情と記憶の結晶”とも言える存在。

  • 道具として生きることを拒んだ2人の“祈り”が
  • データ化されたように具現化し
  • 戦いの中で“人間らしさ”の象徴となる

八郎と響は、忍法帖の中でもっとも静かで、儚くて、 それでいて強く“生きたい”と叫ぶキャラクターたちなのです。


⚔️第二章|忍法帖の“壊し方”──山田正紀が描いた構造の逆転劇

『桜花忍法帖』はあくまでも“続編”ですが、その構造は完全に風太郎フォーマットの破壊と再構築でできています。

📊風太郎忍法帖との比較表

要素風太郎作品桜花忍法帖
忍者同士超人集団(成尋衆)
登場人物最初から一流の精鋭初期で精鋭全滅→“二軍”が主役
構成死者が一人ずつ減る時間軸を跨いだ連続攻防戦
忍法血と体の延長術理・情報論と融合
終盤全滅・悲劇的希望と桜花の誕生

成尋衆の力は、“忍術”ではなく、ほぼ異能/SF的術式に近く、 読者が一瞬「これは忍法帖なのか?」と首をかしげるほどです。

でもそれが、山田正紀の挑戦。

“このジャンルを一度破壊しないと、次に行けない” という意志の現れなのです。


🧠第三章|山田正紀論──理性と虚構の作家、ジャンルを越える

山田正紀とは何者か。 この問いに答えるには、彼のキャリアをひも解く必要があります。

そして『桜花忍法帖』では、忍法という“身体の物語”を、“情報の物語”として再定義しました。

🔁例:桜花=デジタルクラウド/AI的存在

  • 感情と記憶が結晶化=“非身体的自我”の実装
  • 情報の中に宿る“愛”という概念
  • 忍法帖が情報倫理へと繋がる転換点

これは文学的にはポストヒューマン的忍法帖とすら呼べる挑戦です。


📲第四章|SNS時代に読む忍法帖──“使い捨ての道具”に抗う物語

『桜花忍法帖』の核心のひとつに、「道具にされる者の抵抗」 があります。

忍者とは、元々「命を捨てる者」。 しかし今作では、八郎と響がその定義にNOを突きつけるのです。

  • 自分の存在理由は誰のため?
  • 役割だけの人生に意味はあるか?
  • 愛を知ってしまった自分は、まだ“忍者”なのか?

この問いは、SNS時代の読者にも重なります。

  • 働きすぎて感情を失う社会
  • 常に評価され、監視される日常
  • 「感情を見せることは弱さ」とされる風潮

忍法帖とは今や、“人間らしさ”を取り戻すための物語なのです。


🔮第五章|呪術廻戦×桜花忍法帖──バトル×血統×社会批評の共鳴

『呪術廻戦』の術式バトルと、『桜花忍法帖』の忍法戦は、驚くほど似ています。

共通点内容
呪いと血統宿儺=虎杖、八郎=弦之介+朧の血
超越した敵呪霊と成尋衆
自我の選択術式を超えて“どう生きるか”
組織批判呪術界の腐敗 vs 幕府の非情さ
二軍の成長釘崎・パンダたちの活躍 vs 新・五宝連&五花撰の再起

“術式”も“忍法”も、 「生まれた力をどう使うか」が物語の核心です。


🧭終章|忍法帖の未来──桜花の咲く場所へ

『桜花忍法帖』は、全滅も悲劇も描かれます。 でも最後に咲くのは、「桜花」。情報でできた命のような、希望の形です。

  • 血によって定められた戦いの末に
  • 記憶と感情が結ばれ
  • 情報の中に“未来”が宿る

それは、忍法帖の中に咲いた、初めての春かもしれません。


🔗参考記事


✍️あとがき

“忍法帖”という言葉に、人はどれほどの意味を込めてきたのか。 血、技、宿命、死、そして――愛。

それらをすべて一度解体し、 再び“希望”という形で立ち上げたのが、山田正紀の『桜花忍法帖』です。

忍者はもう黒装束の幻想ではない。 それは、生き方の象徴、抗いの記録、私たち自身の物語。

忍法帖は、まだ終わっていない。これからが本番だ。