
屍人の時代
「探偵が謎を解く」のではない、「時代が探偵を呼ぶ」のだ。
Table of contents
叢書 | ハルキ文庫 |
---|---|
出版社 | 角川春樹事務所 |
発行日 | 2016/09/18 |
装幀 | Getty Images,五十嵐徹(芦澤泰偉事務所) |
収録作品
- 神獣の時代
- 零戦の時代
- 啄木の時代
- 少年の時代
幻想と現実が交錯する四つの物語
「人喰いの時代」から約30年の歳月を経て登場した探偵・呪師霊太郎の新たな冒険。時を超え、場所を超え、そして常識をも超えた四つの不可思議な事件が今、明かされる。
死者の声を聴く探偵が紡ぐ四つの奇譚
「屍人の時代」は、山田正紀の代表作「人喰いの時代」に登場した探偵・呪師霊太郎を主人公に据えた四篇の短編を収録した作品集です。特殊な探偵である霊太郎が、主に戦前から戦後にかけての北海道や東北地方で遭遇する不可解な事件の数々を描いています。
本作の特徴は、各エピソードが独立した物語でありながら、奇妙な統一感が漂っていること。ただの探偵小説ではなく、各話に戦前・戦後の時代感を色濃く反映させ、歴史と文化を織り込んだ重層的な物語構造を持っています。さらに興味深いのは、ミステリとして「何が謎なのか」がすぐには見えてこない独特の語り口。読者は物語の流れに身を任せ、やがて明かされる真相に驚かされることになるでしょう。
収録作品紹介
「神獣の時代」
オホーツク海の孤島・吐裸羅島を舞台に、「神獣」と畏れられる巨大アザラシ「ウエンカム」の討伐をめぐる冒険譚。漁民の長の娘カグヤを巡って、三人の男がウエンカム狩りに挑み、その中に霊太郎も加わる...。一見すると冒険小説のような展開ですが、やがて殺人事件が発生し、真相は予想もしない方向へと進んでいきます。短い分量ながら登場人物それぞれが個性的に描かれ、最後に明かされる意表を突く結末には唖然とさせられるでしょう。
「零戦の時代」
本作中最も長い中編で、平成の東京と終戦直後の北海道を行き来する複雑な構成を持ちます。女優志望の緋口結衣子が、「零戦心中」という映画のオーディションを受けたところから物語は始まります。しかし、映画の企画は謎の消失。その裏には終戦直後のGHQによる元軍医の取り調べと、戦時中に起きた零戦パイロットと看護婦の悲恋が隠されていました。
語り手が「信頼できない」という前提から始まるこのミステリは、何が真実で何が嘘なのかを見極める「ホワットダニット」の趣を呈しています。50年近い時を隔てた二つの事件を霊太郎が解き明かす様は、山田作品の真骨頂といえるでしょう。戦時下で狂気に追い込まれていく人間の姿と、時を超えて明かされる真実の衝撃は読者の心に深く刻まれます。
「啄木の時代」
石川啄木と日活全盛期の「第三の男」赤木圭一郎という、一見すると無関係な二人の実在の人物を絡めた独創的な一編。明治から昭和へと時代を行き来しながら、啄木の詩に隠された秘密と函館で起きた銃殺事件の真相に迫ります。
京極夏彦の長編を彷彿とさせる複雑な人間関係と、啄木の歌に出てくる「砂」や「拳銃」といった妖しいモチーフが織りなす物語は、過去の因縁によって動いていく様子を現代の視点から描き出します。細部に散りばめられたトリックと、最後に明かされるエグい真相は、読後に独特の余韻を残します。
「少年の時代」
岩手県・花巻温泉を舞台に、怪盗「少年二十文銭」の活躍と、謎の土嚢盗難事件を描いた作品。宮沢賢治の世界観を彷彿とさせる幻想的な雰囲気と、昭和初期の時代背景が見事に融合しています。
怪盗の名前が「怪人二十面相」を連想させるなど、古典的な探偵小説へのオマージュが随所に見られる一方、特高の存在など社会派的な側面も併せ持ちます。複雑に絡み合う人間模様と、一見すると「浮世離れ」した怪盗劇の裏に隠された怪盗の真の目的は、読者の予想を裏切る意外なものとなっています。
霊太郎という奇妙な探偵
本作を通して最も謎めいているのは、主人公である呪師霊太郎その人かもしれません。彼は各物語において時代を超えて登場し、不思議なことに風貌も変わらない。タイムトラベラーなのか、それとも代々同じ名前と容姿を継ぐ一族なのか、その謎は明かされません。
飄々とした態度で事件の裏側を見抜き、時に「幽霊を探偵している」と自称する彼の正体は、黙忌一郎を彷彿とさせる神格性を持ちながらも、どこか親しみやすい人物として描かれています。探偵としての風格を備えつつも、時に軽みのある彼の存在が、本作の独特の雰囲気を醸し出しているのです。
「屍人の時代」の魅力
本作の最大の魅力は、SF作家としても知られる山田正紀のミステリ作品特有の「幻想小説風味」にあるでしょう。理詰めで進むようで、常に読者の予想を裏切る展開と、最後に明かされる「過剰な真相」が、読後感に独特の余韻を残します。
また、戦前・戦後の日本を舞台に、北海道から東北という地域性を活かしながら、それぞれの時代の空気感を丁寧に描写している点も見逃せません。啄木や宮沢賢治といった文学者、日活映画の黄金期など、日本の文化的要素を取り込みながら、ミステリという形式で描き出す手腕は見事としか言いようがありません。
読者はこの四篇を通じて、「屍人」たち(すでに亡くなった人物)が残した謎と真実に触れることになります。それは単なる事件解決の物語ではなく、時代を超えて存在する人間の業と救済を描いた、深遠なミステリ文学といえるでしょう。
「禍々しさが漂うタイトル」とは裏腹に、各作品にはどこか救いのある結末が用意されている点も印象的です。幻想と謎に彩られた物語世界に、ぜひ足を踏み入れてみてください。
参考・引用URL一覧
※本記事は、山田正紀「屍人の時代」(角川春樹事務所、2016年)を基に作成しています。複数の読書感想を参考にしていますが、内容解釈や評価については筆者の見解です。