叢書 | ハルキ・ノベルス |
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出版社 | 角川春樹事務所 |
発行日 | 1998/12/08 |
装幀 | 芦澤泰偉 |
孤独な戦いと再生を描くハードサスペンスの傑作
山田正紀が描く『氷雨』は、単身絶望に立ち向かう男の姿を圧倒的な筆致で綴った長篇ハードサスペンスである。
物語は、弥島が経営していた町工場の倒産から始まる。多額の負債から家族を守るため、妻と娘と別れ孤独な日々を送っていた彼の元に、突然妻子がひき逃げ事故で亡くなったという悲報が届く。事故の裏に隠された真実に気づいた弥島は、警察や金融業者、保険ブローカー、そして冷淡な親族など、あらゆる勢力の妨害を受けつつも、真相に向けて孤立無援で挑んでいく。
この作品の核心は、事件そのものより、絶望の淵に立つ主人公が社会の闇と対峙し、孤独に耐えながらも真実を追求する姿である。その意味で、『氷雨』は現代社会が抱える問題――経済破綻、家庭崩壊、行政や警察の腐敗、そして人間の欲望がもたらす非情な現実――をリアルに映し出している。
特筆すべきは弥島というキャラクターの造形だ。彼が味方をほとんど持たない状態で、ホームレスややくざといった社会の周縁的な人々と一時的な協力関係を結びつつも、決して完全には救われないというリアリティが、読者を惹きつけて離さない。弥島の抱える悲壮感や執念は、単なる謎解きを超え、より深い人間ドラマとして昇華されている。
『氷雨』は事件の謎を解き明かす楽しさも十分に備えているが、より深く読者の心を捉えるのは、追い詰められた人間が見せる絶望と希望の交錯である。まさに現代社会が生んだ孤独の中での戦いを、緊張感あふれるストーリー展開で見事に描き切った傑作だ。
参考文献:
文庫・再刊情報
叢書 | ハルキ文庫 |
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出版社 | 角川春樹事務所 |
発行日 | 1999/12/18 |
装幀 | 芦澤泰偉 |